えみため日記 

日はまた昇る! 言霊のさきはふ國 神づまり坐すこの國に 生まれたことのしあはせを♪

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

 あまりに酷かつた夏が、往かうとしてゐます。寅年は「烈しい」と聞きますが、まさに獣のやうにおほくの命を奪つていきました(´・ω・`)

 111歳の男性の白骨死体が発見されたのを皮切りに、全国で「生きていれば」百何十歳といふ高齢者がぞくぞく「発見」されてゐますが――気になるのは、この報道が「これだから戸籍なんて無意味なんだ」といふ方向へ、世論形成してゐるやうに思へることです。
 ヒドいのは役所の仕事ぶりであつて、戸籍そのものではないはづです。単に生活上の利便でのみ語られるべき問題ではありません。

owada3.gif
 
 写真は、ご先祖のお墓に詣でる皇太子妃の実家・小和田家のひとびと。つとに指摘されることですが、この墓が小和田家代々ではなく個人名(「小和田匡利」)の墓であること、なぜかあたらしい台に古い石を載せたつぎはぎ状態であることなど、見てゐて気持ちがざわついてくるやうな光景です 雅子妃は父方小和田家については3代以前が不詳。このやうな方が皇統譜に名を刻まれることはまさに前代未聞です。ご成婚当時、村上藩のサムライの血筋、と海外紙にも書かれましたが、旧村上藩の小和田家からは「関係がない」とはつきり言明されてゐる。この不思議なお墓を祀つてゐる小和田家のひとびとは、いつたいどこから来たのか・・・

owada2.gif
owada1.gif

Lost and Found ブログの2008年09月02日記事
小和田家のルーツ・・・小和田新六、禄高「弐人扶持三両」、その関係も不明 に詳しく分析されてゐます。

 小和田家のルーツは新潟県村上市。祖先は村上藩内藤家の藩士だったといわれている。
 村上藩六代目村上信敦の家臣として、一七八七(天明七)年に記された「内藤家分限帳」に小和田新六の名がある。禄高は「弐人扶持三両」。
 また、新六という人物については「村上藩武術史」にも記載があり、武術に秀でていたらしく、柔術の「村上藩制剛法」印可を受けたとある。
 この新六の孫が、雅子さまの曽祖父・金吉氏だというのが有力な説である。ただし、小和田氏は下級武士であったためか、金吉氏の父も含めて、金吉氏以前の系譜ははっきりしない。

 また、本家の新潟県村上市小和田本家の証言は、TVインタビューにて老当主が「あちらの小和田家とウチが親戚とは初耳。こちらでもいろいろ調べてみたがわからない」と答えた 。

川口素生『小和田家の歴史』



 かくのごとく、人には出自を明らかにすることが求められる局面があります。ことに国防にかかはる任につく人はさうでせう。皇室に入る人であればさらなり(`・ω・´)
 逆にいへば、日本人のあひだにサリゲなく”なりすまし”を潜ませたい向きにとつて、「戸籍」は眼のうへのタンコブ。どうかして無くしてしまひたいと思ふでせう。
民主党政権に支持を与へてゐる「半島」勢力の要望であると思われる「戸籍廃止」の波に対し、はつきり拒絶を示さねば、わたくしたちの日本は存続が危うくなること必定であります。差別? いゝえ、これは必要な「区別」!
スポンサーサイト

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

こよみ

2017 / 10
18152229
29162330
310172431
4111825-
5121926-
6132027-
7142128-

プロフィール

えみた

Author:えみた
FC2ブログへようこそ!

日本危うし! 内外から侵食される日本のヤバさに気づいて!
いまこそ日本と日本のひととことばを愛づ愛づするぞのブログです。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

Copyright ©えみため日記 . Powered by FC2 Blog. Template by eriraha.

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。