えみため日記 

日はまた昇る! 言霊のさきはふ國 神づまり坐すこの國に 生まれたことのしあはせを♪

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『坂の上の雲』第二回「青雲」で、真之たちが熱いまなざしを注いでゐた”娘義太夫”について、岡本綺堂が書いた文章がありました。ちよつとおもしろかつたので転載(^^)
(仮名遣ひは舊仮名になほしてあります。スミマセン!私が舊仮名の綺堂を読みたかつたから^^;)

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今日の若い人達も薄々その噂を聞いてゐるであらうが、その当時における女義太夫の人気はあたかも今日の映画女優やレビュー・ガールに比すべきものであつた。
 江戸時代の女義太夫はすこぶる卑しめられたものであつたが、東京の寄席でおひおひ売り出すやうになつたのは明治十八、九年頃からのことで、竹本京枝などがその先駆であつたと思はれる。やがて竹本綾之助があらはれ、住之助が出で、高座の上は紅紫爛漫、大阪上りとか阿波上りとかいろいろの名をつけて、四方からおびただしい女義太夫が東京に集まつて来たのである。その全盛時代は明治二十二、三年頃から四十年前後に至る約二十年間で、東京の寄席の三分の一以上は、女義太夫一座によつて占領さるる有様であつた。
 彼らのうちには勿論老巧の上手もあつたが、その大部分は若い女で、高島田に紅い花かんざしを売り物にしてゐたのであるから、一般に女義太夫といはずして娘義太夫と称してゐた。藝の巧拙は二の次として、所詮は「娘」であるから大人気を博したのである。
 今日の映画女優やレビュー・ガールの支持者に対しては、ファンといふ外来語をあたへられてゐるが、その当時の娘義太夫支持者に対しては、ドウスル連といふ名称があたへられてゐた。字を当てれば、堂摺連と書くのである。その名の由来は、義太夫のサワリの糸につれて、「ドウスルドウスル」と奇声を発して拍手喝采するからである。まじめな聴衆の妨害になること勿論であるが、何分にも多数が騒ぎ立てるのであるから、彼らの跋扈に任せるのほかはなかつた。堂摺連には学生が多かつたから、今日は社会的に相当の地位を占めてゐる実業家や政治家や学者のうちにも、かつてドウスルに憂き身をやつした経歴の所有者を少なからず見出すであらう。
(「風俗江戸東京物語」岡本綺堂 河出文庫)



 ドラマの真之たちも「ドウスルドウスル!」(゜∇゜)/(゜∇゜)/(゜∇゜)/とやつてゐたら、より真に迫つてゐたかも。岡本綺堂は明治五 (1872)年の生まれ、秋山真之とはわずか5歳の違ひです。『坂の上の雲』の東京は、綺堂の東京でもあるのですね(^^)
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