えみため日記 

日はまた昇る! 言霊のさきはふ國 神づまり坐すこの國に 生まれたことのしあはせを♪

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いま「旧暦」がじわじわブームなんだそうですが、この本も火元のひとつかな?
ながいこと本棚に”放っ読”だったのですが、さいきん取り出して読んでみて、いやもう目からウロコがおちることおちること‥(^^);

桃の節句に桃の花がまだなのも、七夕が雨ばっかりなのも納得です。明治5年、西暦への急な切り替えで大混乱!してこのかた、そのズレをひきずったままだったのですから‥。旧暦は、古臭い旧弊な暦、なんじゃなくて、太陽と月のリズムを融合させた合理的!な暦で、なにより日本の四季にぴったり符合している暦なのですね。暦のことを知らなくて、歴史のベンキョウも古典もないもんだと思うのですが‥ 
���݂�1うーん、習いたかったなあ! ���ї�1いまかやれも、おちょくはないれちよ!)
学校で旧暦のことをしっかり教えてくださいな!(^^)

emikyuureki.gif

くわしくお知りになりたい方は、大阪南太平洋協会 をおたずねください♪

「なぜ『南太平洋協会』?」とフシギに思われるかもしれません。著者の松村賢治氏は、建設会社を退職後、ヨットで世界周航の旅に出た「海の男」!むきだしの自然に触れた体験が、松村氏を、日本の「自然暦」ともいうべきこの暦との出会いに導いたのでしょう。
 あとがきに、印象的なエピソードがつづられています。ちょっと長くなりますが、引用させていただきます。

「ヨットの旅で、パプアニューギニア、ラバウルに立ち寄ったのは、1975年10月のことです。
 入り江の奥の港には桟橋はなく、陸から200mの沖合で錨を降ろし、ヨットのデッキに積んでいる手漕ぎボートで上陸しました。

 

 陸岸は黒山の人だかり。ここは戦時中、日本海軍の基地となり、戦後も2年近く、10万人以上の日本軍兵士が残留していた地です。岸では多くの人々が集まってきて、私たちのヨットを見つめていました。私たちは、日本の艇と日章旗に対する反感行動なのかと不安に思い、岸にあふれんばかりに集まった人々を双眼鏡で眺めていました。すると、どの顔もニコニコしているのです。
 これまでに38カ国を巡ってきましたが、ニコニコしながら怒っている民族に出会ったことがあったでしょうか?


 私は入国手続きの書類を携え、相棒のS君がオールを漕いで、岸に向かいました。
 小舟のへさきが岸に接するや、人々は我先にもやい綱を取ってくれ、握手攻め。
"You are Welcome!" という英語の中に、『よくいらっしゃいました!』と、なんと、丁寧な日本語が混じっているではありませんか。戦時中、日本軍で働いていたという人やハーバーマスター、政府のお役人、みんなが私たちに手を差し伸べ、口々に歓迎の意を示してくれるのです。
『手続きは部下にやらせますから、どうぞこちらへ‥‥』
 私たちはハーバーマスターと2、30人の人々に囲まれて、港湾施設の建物に招かれたのです。


 滞在中に聞いた話によれば、日本軍兵士は、連合国の捕虜となりながらも、自ら確立していた自給体制で2年近く生き延びたといいます。戦後も日本軍の規律は厳しく自己管理され、住民に迷惑を掛けることを最小限に抑える努力をしていたようです。
 この島で出会った、元オーストラリア軍大尉、レグ・ステファソン氏は、当時の日本軍に対する印象を次のように語っていました。
『10万人以上の軍隊が4年も駐留して、1人の混血児も作らなかったというのは、恐らく、世界の軍隊の歴史に例を見ないことでしょう』
 またラバウルの現地の人々からは、こんな話も聞きました。
『捕虜の日本人より、管理する連合軍に、私たちはホトホト手を焼きました。自分たちが悪いことをしておいて、日本兵のせいにするんです」
 多少は、私たちに対するお世辞や誇張もあるにせよ、アジア諸国での、日本軍の非道の振る舞いしか国内で聞いたことのなかった私には、とうてい信じられない話でした。
 太平洋戦争で、わが国が現地の人々に与えた損害や迷惑は、小さなものではなかったはずです。それでもなお、彼らは私たちを温かく迎えてくれたのです。


 帰国後、私は民間交流を目的としたNGO団体、『大阪南太平洋協会(ASPA)』を設立しました。
 それ以来、北マリアナ連邦や、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、フィジー、サモア、キリバス、パプアニューギニア等の人々と交流を重ねていくうちに、先人の誠実な行為のお陰で、私たちは豊かな自然に育まれた人々と同じ心で、ヒューマンな関係を再構築できると確信を持ったのです」

(『旧暦と暮らす』松村賢治 あとがき 引用おわり)

 60数年前の過去でさえ、ありのままを知るのは容易ではありません。過去から切り離されてしまった私たちにとっては‥
 しかし、よすがはのこされている。
 日本人が千年の長きにわたって、この暦と生きてきたということの重み。この暦にふれることで、切り離された縦糸をつなぎなおすことができるのかもしれません。
 それはなくなってしまったわけじゃない、わたしたちが見失っていただけだったのです(^^)

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